Ⅱ-10 事業承継について

10 事業承継について

事業承継(次期社長に経営を引き継ぐこと)について、中小企業庁は、「日本経済を支える中小企業では、近年、経営者の高齢化が進行する一方で、後継者の確保がますます困難になっています。また、事業承継に失敗して紛争が生じたり、会社の業績が悪化するケースも多く存在しています。中小企業にとって、事業承継問題は非常に重要な問題となっているのです」(「事業継承ガイドライン」)と、その重要さを指摘しています。

ここでは、「事業継承ハンドブック」(中小企業庁)などを参考にして、「事業承継」の概要を紹介し、N-BCP「Ⅱ 各論」の締めくくりとしたいと思います。前節「危機事象Ⅳ」おいて、「社長・部長の業務・専決事項」「社長・部長の業務代行」「事業継承者・次期リーダーの養成」などが挙げられましたが、本節はこれらを考えるための基礎となります。

1)事業承継対策の大切さ

中小企業経営者の高齢化が進行しています。中小企業経営者の平均年齢は約59歳(「2015年全国社長分析」帝国データバンク)と、1991(平成3)年の約54歳を5歳上回っています。同時に、後継者難も進行しています。経営者が60歳代の企業のうち約3割で後継者が決まっていないといいます(「事業継承実態調査」中小企業基盤整備機構、2011年3月調査)。また、これまで(20年以上前まで)小規模事業者の90%以上で「息子・娘」および「それ以外の親族」が経営を承継していたのが、ここ10年ではその割合が約75%と低下して、親族内での後継者の確保が困難になってきています(「中小企業の事業承継に関するアンケート」野村総合研究所、2012年11月)。

中小企業白書(2006年版)によれば、年間約29万社が廃業していますが、そのうち約7万社が「後継者の不在」をその理由として挙げています。この結果、雇用を失った人は20~35万人と推定されています。

一方、事業を引き継いだとき苦労した点について、調査した1,500人のうち35.8%(同上「事業承継実態調査」)が「経営力の発揮」を挙げ、「金融機関からの借り入れ」および「取引先との関係の維持」の24.7%を大きく上回っています。また、この経営力を養成する(経営者を育成する)のに必要な期間は、「5~10年くらい前から」が29.4%、「5年くらい前から」が24.8%、「2~3年くらい前から」が25.6%などと、早い段階から計画的に事業承継に取り組むことが必要と指摘されています。

2)事業承継対策のポイント

日本の多くの中小企業では、経営者自身が大部分の自社株式や事業用資産を保有し、強いリーダーシップを発揮して、事業のカジ取りを行っています。このような中小企業の事業承継対策を考える場合、〈1〉「経営そのものの承継」と、〈2〉「自社株式・事業用資産の承継」の両面の配慮が必要になります。

〈1〉経営そのものの承継

①経営ノウハウの承継

後継者は、経営者として必要な業務知識や経験、人脈、リーダーシップなどのノウハウを習得することが求められます。具体的には後継者教育を実施することにより、現経営者の経営ノウハウを後継者に承継します

②経営理念の承継

事業承継の本質は、経営者の経営に対する想いや価値観、態度、信条といった経営理念をきっちりと後継者に伝えていくことにあります。現経営者が自社の経営理念を明確化し、「何のために経営をするのか」を後継者にきちんと承継します。

〈2〉自社株式・事業用資産の承継

①自社株式や事業用資産の後継者への集中と遺留分への配慮

後継者が安定的に経営をしていくためには、後継者に自社株式や事業用資産を集中的に承継させることが必要です。経営者に子どもが複数いて、そのうちの一人を後継者とする場合には、後継者でない子どもの遺留分を侵害することがないように、自社株式や事業用資産以外の財産を後継者でない子どもが取得できるようにして、相続紛争を防止するための配慮が必要です。

②事業承継に際して必要な資金の確保

中小企業においては、経営者自身が自社株式の大半を保有していたり、土地などの個人資産を会社や自らの事業の用に供している場合が珍しくありません。後継者が安定的に経営をしていくためには、後継者にこれらの自社株式や事業用資産を集中的に承継させることが必要ですが、後継者でない子どもの遺留分に配慮すると、どうしても自社株式や事業用資産を後継者に集中できない場合もあります。

この場合には、後継者あるいは会社が他の相続人から自社株式や事業用資産を買い取らなければならなくなります。また、経営者の保有する自社株式や事業用資産を後継者一人が相続し、相続人間で紛争が生じなかったとしても、後継者には多額の相続税が課される場合があります。このように、事業承継に際しては、後継者や会社は、自社株式や事業用資産の買い取りや相続税の納付のため、多額の資金が必要になる場合があります。事業をスムーズに承継するために、事前に、これらの必要な資金の確保をしておくことも大事なポイントです。

3)事業承継計画

事業継承計画とは、中長期の経営計画に、事業承継の時期、具体的な対策を盛り込んだものです。以下に、具体例を示します。

[基本方針]
①現社長・太郎から長男・学への親族内承継を行う。
②4年目に株式の一括贈与と同時に社長交代。贈与税の納税猶予の適用を受ける。
(代表権を学に譲り、太郎は会長へ就任。10年目に完全に引退)
③民法特例により生前贈与株式を遺留分の対象から除外する。

事業承継計画の例 → 表Ⅱ-10-1

4)事業承継計画を立てるために

事業承継計画を立てるに当たっては、まず最初に、会社をとりまく各状況を正確に把握する必要があります。具体的には、以下のような各状況を正しく認識します。

〈1〉会社の経営資源の状況

①従業員の数・年数等の現状
②資産の額および内容やキャッシュ・フロー等の現状と将来の見込み 等

〈2〉会社の経営リスクの状況

①会社の負債の現状
②会社の競争力の現状と将来見込み 等

〈3〉経営者自身の状況

①保有自社株式の現状
②個人名義の土地・建物の現状
③個人の負債・個人の保証等の現状 等

〈4〉後継者候補の状況

①親族内に後継者候補がいるか
②社内や取引先等に後継者候補がいるか
③後継者候補の能力・適性はどうか
④後継者候補の年齢・経歴・会社経営に対する意欲はどうか 等

〈5〉相続発生時に予想される問題点

①法定相続人および相互の人間関係・株式保有状況等の確認
②相続財産の特定・相続税額の試算・納税方法の検討 等

5)事業承継方法の決定

事業継承の方法は、①親族内承継、②従業員等への承継、③M&A(さまざまなパターンがある)などがあります。各承継方法のメリット・デメリットを把握するとともに、後継者候補等の関係者との意思疎通を十分に行い、承継方法と後継者を確定する必要があります。

〈1〉親族内承継

メリット ①一般的に、内外の関係者から心情的に受け入れられやすい。
②後継者を早期に決定し、後継者教育等のための長期の準備期間を確保することも可能。
③相続等により財産や株式を後継者に移転できるため、所有と経営の分離を回避できる可能性が高い。
デメリット ①親族内に、経営の資質と意欲を併せ持つ後継者候補がいるとは限らない。
②相続人が複数いる場合、後継者の決定・経営権の集中が難しい。(後継者以外の相続人への配慮が必要)

〈2〉従業員等への承継

メリット ①親族内だけでなく、会社の内外から広く候補者を求めることができる。
②特に社内で長期間勤務している従業員に承継する場合は、経営の一体性を保ちやすい。
デメリット ①親族内承継の場合以上に、後継者候補が経営への強い意志を有していることが重要となるが、適任者がいないおそれがある。
②後継者候補に株式取得等の資金力が無い場合が多い。
③個人債務保証の引き継ぎ等に問題が多い。

〈3〉M&A

メリット ①身近に後継者に適任な者がいない場合でも、広く候補者を外部に求めることができる。
②現経営者が会社売却の利益を獲得できる。
デメリット ①希望の条件(従業員の雇用、価格等)を満たす買い手を見つけるのが困難である。
②経営の一体性を保つのが困難である。

6)事業の承継に当たって配慮すべきこと

事業承継に当たって配慮すべき事項は、以下のとおりです(中小企業庁「事業承継ハンドブック」から)。

①後継者を決めるに当たって配慮すべきこと

後継者を決める際には、経営者として資質のある人を後継者に選ぶことが重要です。

②後継者教育

後継者を選定した後には、内部や外部で教育を行い、経営者としての能力や自覚を築き上げます。それぞれの置かれた状況により、取るべき手段は異なりますが、円滑な事業承継のためには、意識的な後継者の育成が不可欠です。

③自社株式や事業用資産を後継者に集中させる方法

円滑な事業承継を行い、承継後の経営を安定させるためには、後継者や協力的な株主に相当数の自社 株式や事業用資産を集中させることが重要です。その方法としては、〈1〉生前贈与・遺言、〈2〉会社や後継者による買取り、〈3〉会社法の活用などがあります。

〈1〉生前贈与・遺言 経営者が所有している自社株式や事業用資産を後継者に集中させる方法としては、後継者への生前贈与や遺言の活用があります。 生前に何の対策もしないまま経営者が死亡すると、相続財産の大半が自社株式や事業用資産である場合、後継者がこれらを集中的に取得することについて他の相続人の同意を得ることが難しくなります。したがって、経営者の生前に贈与をしたり、遺言を作成するなどして、予め対策を講じるのが有効です。
〈2〉会社や後継者による買取り 経営者の死亡によって相続人間に自社株式や事業用資産が分散してしまう場合などには、会社や後継者が、これらを相続人などから買い取るという方法もあります。
〈3〉会社法の活用 ほかにも、相続の際に自社株式(議決権)を後継者に集中または分散を防止する方法として、イ)株式の譲渡制限や相続人に対する売渡請求制度、ロ)種類株式(議決権制限株式など)といった会社法の制度を活用する方法もあります。

④生前贈与や遺言によって後継者に自社株式や事業用資産を集中させる場合の注意点

生前贈与や遺言は、経営者が所有している自社株式や事業用資産を後継者に集中させる方法として有効ですが、それぞれメリット・デメリットがあるので、注意が必要です。

⑤すでに分散してしまっている自社株式を後継者に集中させるための方法

すでに自社株式が分散してしまっている場合には、後継者の経営権を確保するため、後継者や会社が個々の株主から株式を買い取る、あるいは、会社が新株を発行して後継者だけに割り当てる、などの方法があります。

⑥自社株の集中や分散防止のために、活用できる会社法の制度

自社株式(議決権)の集中や分散防止のためには、会社法のイ)株式の譲渡制限、ロ)相続人に対する売渡請求、ハ)種類株式(議決権制限株式など)などが活用できます。ハ)種類株式には、「議決権制限株式」「拒否権付株式(黄金株)」などがあります。

⑦遺留分(遺留分減殺請求権:民法)による紛争や自社株式・事業用資産の分散を防止する方法

遺留分による紛争や自社株式・事業用資産の分散を防止する方法としては、イ)遺留分の事前放棄、ロ)経営承継円滑化法の民法特例の活用が考えられます。このうち、ロ)は、平成20年5月成立の経営承継円滑化法に基づくもので、「イ)遺留分の事前放棄」の限界を補うものです。

⑧経営承継円滑化法の民法特例の内容

経営承継円滑化法の民法特例には、後継者を含む経営者の推定相続人全員の合意により、経営者から後継者に生前贈与された自社株式について、イ)遺留分算定の基礎財産から除外する「除外特例」、ロ)遺留分算定の基礎財産に算入する際の価額を固定する「固定特例」があります。このうちイ)の「除外特例」は、後継者と非後継者は、後継者が経営者から生前贈与等によって取得した自社株式について、遺留分算定の基礎財産に算入しない、という合意をすることができるというものです。この合意の対象とした自社株式については、遺留分算定の基礎財産に算入されず、遺留分減殺の対象から外れますので、相続によって自社株式が分散することを防止することができます。

7)事業承継に必要な資金

事業承継においては、後継者が経営権を確保するため、後継者本人や会社が、自社株式や会社の事業の用に供している土地などの事業用資産を取得する必要があります。主に考えられる資金として、以下のようなものがあります。

①親族内承継

親族内で事業承継を行う場合、後継者(会社代表者・個人事業主)や会社は、以下のような資金を確保する必要があります。

○後継者が、相続等で分散した自社株式や事業用資産を買い取るための資金
○後継者が、相続や贈与によって自社株式や事業用資産を取得した場合に必要な相続税や贈与税の納税資金
○会社が、後継者や他の相続人等から自社株式や事業用資産を買い取るための資金

②親族外承継

親族外承継としては、以下のようなものがありますが、承継する個人や会社は、株式や事業の買取資金が必要になります。

○経営陣や従業員が買い取るケース(MBO・EBO):会社や個人事業のオーナー以外の経営陣や従業員が、株式や事業の一部又は全部を買い取って承継を行うものです。買取方法としては、経営陣等が直接買い取る方法と、経営陣等が設立した会社が買い取る方法の2種類があります。
○社外の個人や会社が買い取るケース:社外の個人や会社が株式や事業の一部又は全部を買い取って承継を行うものです。

8)事業承継にかかる税金

①計画的な贈与により事業承継を円滑に

計画的な贈与を行うための贈与税の制度には、暦年課税制度と相続時精算課税制度があり、家族構成や財産構成等を考慮して、どちらが自分にとって有利であるかを判断する必要があります。

【比較例】(略)

②事業承継支援のための税制措置

スムーズな事業承継を税制面で支援するため、相続税や贈与税などには次のような特例措置が設けられています。

○非上場株式に係る相続税の80%納税猶予制度(平成21年度創設)
○非上場株式に係る贈与税の納税猶予制度(平成21年度創設)
○みなし配当課税に関する特例
○小規模宅地等の課税の特例

③非上場会社の株式に係る相続税の納税猶予の特例

後継者である相続人等が、相続等により、経営承継円滑化法に基づき経済産業大臣の認定を受ける非上場会社の株式を先代経営者(被相続人)から取得し、その会社を経営していく場合には、その後継者が納付すべき相続税のうち、その株式(一定の部分に限ります)に係る課税価格の80%に対応する相続税の納税が猶予されます

④非上場会社の株式に係る贈与税の納税猶予の特例

後継者である受贈者が、贈与により、経営承継円滑化法に基づき経済産業大臣の認定を受ける非上場会社の株式を親族(先代経営者)から全部または一定以上取得し、その会社を経営していく場合には、その後継者が納付すべき贈与税のうち、その株式(一定の部分に限ります)に対応する贈与税の全額の納税が猶予されます。

⑤贈与税の納税猶予制度に関して、先代経営者(贈与者)が死亡した場合

先代経営者(贈与者)が死亡した場合には、後継者(受贈者)が猶予されている贈与税の納付が免除されます。また、贈与税の納税猶予の適用を受けた非上場株式は、後継者が相続(または遺贈)によって取得したものとみなして、贈与時の価額により他の相続財産と合算して相続税を計算します。なお、この際、「経済産業大臣の確認」を受け、一定の要件を満たす場合には、そのみなされた非上場株式について相続税の納税猶予の適用を受けることができます(贈与税の納税猶予から相続税の納税猶予への切り替え)

9)おわりに

万が一、先にみた危機事象Ⅳが起こったとき、ここで概観したような事業承継計画が進行中であったら(それをだれが知っているか)、私たちはどうしたらいいのでしょうか。あるいは、事業承継対策の着手前であったら、会社存続のために、だれかが中心となって事業承継に着手することになるのでしょうか。あるいは、M&Aが現実的なのでしょうか。それとも、打つ手がなくて、廃業ということになるのでしょうか。その選択と決断をだれがするのでしょうか。

N-BCPは、最初に記したように、経営判断をするものではありません。しかし、危機事象Ⅳのような場合に、「経営にかかわるような重要な判断をする人、ないし仕組みが必要である」という指摘はできると思います。そして、これらのことは、㈱中島薬局の長期経営計画である「未来、今後10年……!」の中に盛られることになります。N-BCPは、「未来、今後10年……!」の実行を、「最も基底の部分で補完するもの」と位置づけられます。本節では、社員一人一人が、「会社経営には、こういう側面もあるのだ」ということを知っていただけたらいいと思います。

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